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by sh2o

倉地久美夫 『I heard the ground sing』

a0023718_15135716.jpg倉地久美夫 
『I heard the ground sing』 (美音堂

全く予期せぬ空間の扉が開く。でもそこは何処か居心地がいい。

あの日あの曲がり角に置き忘れた妄想。田舎の布団に置き去りにした夢。諧謔 、奇矯、屈折、気配、滑稽。でもそんな懐かしさだけではかび臭くてしょうがない。それは山中の不法投棄されたゴミを宝探し気分であさっているだけみたいなもの。
『I heard the ground sing』で聴くことのできる懐かしさは、記憶の襞に放り投げてあった妄想時計のゼンマイを巻き上げる。巻き上げられていくゼンマイはいつしかメビウスの輪になり、突然を予期していたかのように時を告げる。

「集え能古の島」での菊地成孔の燻るサックスと外山明のチリチリとしたシンバルが目覚ましの音のように、あの日見ていた世界にようやく着いたことを知らせる。 そう、その世界の音が今ここにあったんだ。それはすごく匂いのする音。
湿った布団から匂う、黴と体液の匂い。それはチェンバーロック、ガロ、サブカルチャーだったり。フォークロックだったり大人ぶって理解したブルーズだったり。 涙と鼻水で折れてしまいそうな自分を隠している匂い。それは自分の中で隠してしまいたい恥の部分だったり。
友人たちについた嘘、両親への裏切り、想い人への戸惑いと疑いだったり。
その頃は逃げ出したくてしょうがなかった。いや、いっそのことそこに埋もれてしまって何も感じたくなかった。そう、忘れていたのではなく、埋もれてしまって見えなくなっていただけ。
倉地のギターが傾いた脳みその土壁をボロボロと剥がしていく。
不可思議な詩、強靭な律動、吸い込む息が温かく通っていく声。
突込どころはたくさんあるが、それらを寄せ付けないくっきりとした倉地久美夫の音世界
ライブでも聴いた「30,000,000粒ダム」 。その中の歌詞「どれどれ見せてみそ」という言葉にそもそも導かれたのかもしれない。

倉地の声は大地によく響く。それが曲がり角の方向。
あの日、梅田シャングリラで、僕はようやく曲がり角を曲がった。
そして倉地久美夫の新作が七月にでるという。
曲がり角の先にある風景が今から楽しみだ。
それが、どのように見えるかはわからない。でもまずはそこに行ってみたい。
きっと台地の縁から眺める町の風が心地いいはず。
その時は自分に問う。今の気持ちを「見せてみそ」って。
でも何が釣れたのかはわからないな。未だ吊るされているのは自分だから。


久しぶりの更新。何も聴いていなかったわけではないが、妄想が浮かんでこなかった。
それが5/3@大阪の梅田シャングリラで見た見汐麻衣ふちがみとふなと
そしてこの倉地久美夫とそしてそして大好きなEttとのライブを見ることによって何かがが呼び覚まされたような気がする。
Ummmmmm!!!
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by sh2o | 2007-05-06 21:09 | 倉地久美夫